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福岡地方裁判所 昭和36年(行モ)3号 決定

申立人 井宝鉱業株式会社

被申立人 福岡地方労働委員会

主文

本件申立を却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

理由

申立代理人は「被申立人が訴外五島一夫の申立てた昭和三五年(不)第九号事件につき申立人に命じた昭和三十六年五月二十九日付別紙救済命令は本案判決に至るまでこれが執行を停止する」との裁判を求め、その理由として次のとおり主張した。すなわち、(一)申立会社は昭和三十四年五月十三日訴外五島一夫を申立会社の経営する本添田炭鉱坑内夫として雇入れたが、当時同人より提出された履歴書には同人の経歴中最も長期間にわたり且つ重要な部分を占める古川鉱業株式会社大峰炭鉱時代の職歴を全然記載しないで他の炭鉱の鉱員として雇傭されていた如く虚偽の記載があつたし、さらに昭和三十五年十月七日右本添田炭鉱内において中食の休憩時間を利用し現場係員以上の職位にあるものの許可を得ないで勝手に自己の職場を離れ約一〇〇米距てた右四片採炭払大肩風道において休憩中の採炭夫その他の鉱員約二〇名に対し情宣活動をなしたので、申立会社は同訴外人の右行為を就業規則第七十九条第七号及び第一号に該当するものとして同人を懲戒解雇処分に附し、同年十月十五日付内容証明郵便をもつて同人に対し解雇の意思表示をなし同日送達された。(二)ついで同訴外人は被申立委員会に対し右解雇処分を不当労働行為なりとして救済命令の申立をなしたところ、同委員会は申立会社に対し、同訴外人の経歴詐称行為は同人が職員として他人を使用した過去の経歴を捨て単なる鉱員として稼働したいとの念慮から職員としての経歴を履歴書に記載しなかつたもので他意はなく、又前記情宣活動も情状きわめて軽微であるから前記就業規則によつて懲戒解雇にするのは失当である。申立会社の右懲戒解雇は、申立会社が本添田炭鉱労働組合に対しかねて嫌悪の情をいだいていたところ右訴外人が昭和三十五年十月三日右組合の副組合長となつて組合活動をするに及びにわかに同人を嫌悪し始めたことに基因し、名を懲戒解雇に藉りその実は右組合の弱体化を意図してなされた不当労働行為なりとの理由のもとに、別紙の如き救済命令をなした。(三)しかるに右訴外人が申立会社を相手として提起した福岡地方裁判所田川支部昭和三五年(ヨ)第二七号身分保全仮処分命令申請事件につき、同裁判所は昭和三十六年五月二十二日右申請を却下し、その理由として、同訴外人の前記経歴詐称はその程度、態様よりみて不信義性のきわめて高度なもので懲戒解雇処分に値するものであることを説示し、且つ申立会社のなした懲戒解雇処分は同訴外人が活発な組合活動をしたためなされたものでないことを認定している。(四)申立会社の右訴外人に対する前記解雇処分は右仮処分申請事件の裁判理由中に示されているとおり同訴外人の経歴詐称の高度性、背信性を決定的原因とするものであり、組合活動をしたことを理由としたものではなく、これを看過した被申立委員会の前記救済命令は明らかに事実認定を誤つた違法があるから、昭和三十六年六月十日福岡地方裁判所に対し被申立委員会を相手に右救済命令取消請求訴訟を提起した(福岡地方裁判所昭和三十六年(行)第一四号事件)。(五)ところで、(イ)前記救済命令が執行されると申立会社の労務管理上重大な支障をきたすのみならず、(ロ)執行を停止せられても右訴外人の家族は生活保護を受けている外、本人もその所属する組合等より資金カンパの援助を受けており、また失業保険金の受給の途も残されているから、直ちに一家の生活が極端に窮乏するとも考えられないので、ここに本申立に及んだ次第である。

よつて按ずるに、一件記録並びに申立会社提出にかかる証拠資料によれば申立会社がその主張の如き理由のもとに昭和三十五年十月十五日付内容証明郵便をもつて訴外五島一夫を懲戒解雇にする旨の意思表示をなし同日同人に送達されたこと、同訴外人が右解雇処分を不当労働行為なりとして被申立委員会に対し救済命令の申立をなし同委員会が昭和三十五年十月三日申立会社主張の如き理由のもとに別紙記載の如き救済命令を発したこと、右訴外人が申立会社を相手として提起した福岡地方裁判所田川支部昭和三十五年(ヨ)第二七号身分保全仮処分命令申請事件につき同裁判所が昭和三十六年五月二十二日申立会社主張の如き理由のもとに同訴外人の申請を却下したこと、及び申立会社がその主張の如く福岡地方裁判所に対し被申立委員会を相手に前記救済命令の取消請求訴訟を提起(同裁判所昭和三十六年(行)第一四事件として同裁判所に係属中)したことが認められる。ところで前記救済命令の執行が停止されるためにはその実質的要件として行政事件訴訟特例法第十条第二項に明定する「執行に因り生ずべき償うことのできない損害を避けるため緊急の必要があると認める」事情がなければならないのであるが、この点に関し申立会社は前記の如く(イ)前記救済命令の執行により労務管理上重大な支障があること、及び(ロ)その執行停止により訴外五島一夫並びにその家族の生活が極度に窮乏することのないことの二点を主張する。しかし、前者については、申立会社が前記救済命令の執行により具体的にいかなる労務管理上の支障を生じ、又それによつていかなる「償うことのできない損害」が生じるのか、その間の経緯が必ずしも明らかでなく且つ申立会社に償うことのできない損害が生じると認められるような資料もない。又後者については、執行停止がなされても右訴外人並びにその家族の生活が極度に窮乏しないというだけで、執行により申立会社に生ずべき償うことのできない損害とは直接に関係がないのであるから、この点についてはあえて論及する必要がない。

そうすると、申立会社には、前記救済命令の執行に因り償うことのできない損害を生じる事情が認められないから、本件申立は理由がなく却下を免れない。

よつて民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 江崎弥 至勢忠一 岡野重信)

(別紙)

福岡地方労働委員会の命令書主文

一、被申立人(井宝鉱業株式会社)は五島一夫に対する昭和三十五年十月十五日付解雇を取消し、同人を解雇当時の原職に復帰させなければならない

二、被申立人は五島一夫に対して解雇の日より原職復帰の日までの間同人が受くべかりし賃金相当額を支払わなければならない

三、申立人のその余の請求はこれを棄却する

以上

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